さば缶のなかみ

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『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』は完全に表紙詐欺だけど超面白いディストピア小説なのでみんなに読んでほしい!

 

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

 

ロボットが全然出ないょ…

 ピーター・トライアスさんの話題の小説『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』を読みました。

 ざっくりとあらすじを書くと、「第二次世界大戦で枢軸国側が勝利した世界で、アメリカ西海岸に打ち立てられた日本合衆国(United State of Japan)を舞台に、小太りのボンクラ軍人とキチガイ特高*1女が失踪したゲームデザイナーの将軍を追ってアレヤコレヤする」といった感じの、「あ、これ『高い城の男』じゃん」という作品です。『高い城の男』の中では『イナゴ身重く横たわる』という小説が架空の歴史を描くものとして登場しましたが、こちらではその名も「USA」という、第二次世界大戦で米軍側で日本軍と戦うネトゲー(話の中では「電卓ゲーム」というステキ単語)が流行している設定です。21世紀っぽいですね!

 そして、この奇妙な戦後世界を作り出したのが、大日本帝国が(何故か)持っていた超テクノロジー。『高い城の男』はいきなり戦後からでしたけど、『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』ではアメリカが敗北する終戦の日がプロローグにあてられていて、サンノゼに原爆が投下されるショッキングな場面が登場したりします*2。そして、もう一つが表紙にデカデカと描かれている巨大ロボット!劇中では「メカ」と呼ばれているんですが、身長はビルよりも高く、各種武器を内蔵し、転倒すればあたりの住人が1,000人単位で死んでいく超兵器。ていうか、明らかに「パシリム」に登場するイェーガー意識してますよね(笑)口絵に書かれたメカなんかどう見てもジプシー・デンジャー!

 で、てっきりこの巨大ロボットが大暴れするかと思いながら読み進めるわけなんですけれど、これがいつまでたっても出てこないんですよ…。ところどころでチラッチラッと影はかすめていくんですけど…。全体の十分の一もない感じ。でも、アメリカ東海岸を支配するドイツ第三帝国の超重戦車Ⅸマウス(すごくでかい)が出てきたり、1対8のロボットアニメっぽさ全開の戦闘シーンがあったりして存在感はあります。「コックピット内ではパイロットは大元帥と同等」という設定もカッコいいし、メカの名前が「ムササビ號」とか「ハリネズミ號」とかやたら可愛いのもポイント高し。

天皇陛下万歳系ディストピア最高!

 というわけで、この小説は巨大ロボット大暴れの要素は少ないのですが、その一方でディストピア小説としては超面白いです。『1984』のビッグブラザーの立ち位置が天皇陛下になっているというだけでもかなりヤバいんですけど、その陛下の陰口を叩くともれなく特高憲兵隊がやってくるという絵に描いたような大日本帝国感がたまらない!ちなみに劇中では陛下に子どもが出来ないことがネタにされてて、なかなかセンシティブなところを突いてくるなあ、という感じです。しかも原爆(放射能)ネタと絡めてくるんですよ…。

 ディストピアといえば監視社会ですが、この世界での監視ツールは「電卓」。現実の世界では電話がベースとなってスマホが誕生しましたけど、「電卓」はその名の通り電卓に電話機能やらネット機能やらが追加されてできたデバイスです。ちなみにこちらでのインターネットは「機界」という訳でカッコよすぎです。で、主人公の石村大尉(ベン)はその電卓のプログラマー、正確に言うと電卓用のゲームデザイナーという設定。電卓ゲームの選択肢から不穏分子をあぶり出す仕事です。

 そして、もうひとりの主人公が特別高等警察の規野(つきの)課員。このお姉さんがまた魅力的なキャラクターでして、ディストピアSFは体制側にいた主人公が自分の所属する世界に疑問を持つというのが定番なわけですけど、この人は皇国への忠誠心がほとんど揺らがない。ちょっとネタバレになりますけど、自分が追われる身になってもなんとか忠誠心を示して挽回しようとする、そのへんの一貫性には惹かれます。一方で帝国の重要人物であっても道義的にヤバい奴はとりあえず殺す、みたいなプッツンすると何をするかわからないところがあるのも面白いです。「え、ここでこの人死なないでしょ?」っていう重要人物がどんどん殺されます(笑) この人には次回作にも出てほしいし映像でも見てみたい人物ですね。

 ところで、この小説は食事描写も面白いんですよね。石村大尉がしょっちゅう何か食べてるのもあって色々な料理が登場します。それも、いわゆる「ディストピア飯」ではなく、ジャパニーズなアメリカン料理といいますか、例えばハチミツを染み込ませたパンズに天ぷらを挟んだ、その名も「天ぷらバーガー」なんてのも登場します。ちょっと食べてみたい。朝ごはんの描写でさり気なくかっぱ巻きが出てきたりもして。そのあたりのチバシティっぽさみたいなのも楽しい。

 

映画化したらすごく良さそう!

 巨大ロボットももちろん魅力的なんですが、上に書いたように、日本合衆国というへんてこな世界での日常描写はぜひ映像で観てみたいですねー。『高い城の男』もドラマ化したし、日本での出版もかなり順調なようですので、ハリウッドと言わないまでもどこかで映像化してほしいです。日本のアニメでもいいですね。合いそうです。

 ところで、この作品、すでに次回作も決まっているということでそちらもかなり楽しみ。次は本格的なメカ戦があるとか!期待大ですね。

*1:特別高等警察

*2:後々で言い訳めいたことが書かれてるんですけど、それがまた現実のアメリカとそっくりなんですよね。建前も本音も。